|
|
1911年(明治44年)、現在の山形市蔵王に金子甚四郎の長女として生まれる。
1921年、堀田村第二小学校尋常科三年の時、自由詩「夕やけ」が雑誌「赤い鳥」に掲載される。尋常小学校卒業後も、家事を手伝うかたわら、自由詩創作にいそしんだ。一年間の家事手伝いの後、県立山形第一高等女学校(現県立西高)に入学。家事を手伝いながら勉学に励んだ。1932年、日本女子大に入学。三年で中退した後、大日本連合婦人会、女子青年団に勤めた。1936年、同盟通信社に入社。1939年には大日本連合女子青年団、日本青年館主事となった。1945年、文部省社会教育局に勤務。1950年、読売文学賞作家の外村繁と結婚。外村文学を理解、協力し、支えた。1961年(昭和36年)、文部省婦人教育課初代課長となる。戦前、戦後を通して女子青年教育と婦人の地位向上のために活躍した結果であった。
同年、夫の後を追うように亡くなる。 |
|