内藤秀因(1889-1987)

 画家。山形県余目町古関、玄通寺に生まれる。山形県師範学校を卒業。はじめ教師としての道を歩んだが自分の全能力を傾けて悔いのない仕事として絵を選び、大正5年(1916)上京を強行した。
 絵を石井柏亭・石川寅治らに学び、昭和2年(1927)37歳の時にヨーロッパへ留学、2年余り滞在し洋画を研究した。内藤はこの間に、各国画家の憧れの的であり登竜門といわれるサロン・ドートンヌに入選。彼の初一念は報いられ、洋画家としての地位も定まった。
 帰国後、国立科学博物館の大壁画の制作を手掛けるほか、日展・二科会・一水会・示現会・日本水彩画会などでも活躍。晩年は日本水彩画会の理事長として画壇の振興につくした。
 内藤の画風は、堅実な写実主義を基調とする。その格調の高く、重厚で迫力のある作風は水彩画壇で定評のあるところである。また、絵に対しては、古武士のような厳しい信念と、若々しい情熱を持ち、多くの画人の指導にあたり道を開いた。
余目町絵画資料館パンフレットより要約)