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1877年(明治10年)、現在の天童市に、医師高橋正玄の三男として生まれる。
1892年仙台地方幼年学校を中退し、横浜にて郵便局で働く。1898年/21歳、渡米。シアトル、シカゴ、ニューヨークなどを渡り歩き、様々な職業に就く。1922年(大正11年)、24年ぶりに帰国。郷里の天童に住む。長年アメリカから日本を見て、その生活や文化の遅れに気づいた英雄は、日本の衣食住の改善に乗り出そうと、「はなをかみましょう」と書かれたプラカードを持ち、鞄にははな紙として使用する新聞紙を入れ、はなを垂らした子どもたちの鼻をふいてやって歩いた。1930年(昭和5年)、NHK仙台放送局が、はなかみ運動について放送し、同年、朝日新聞に「天童のはなかみ先生」として紹介される。1950年、天童市より文化賞を受ける。1959年(昭和34年)5月5日のこどもの日に亡くなった。たくさんの子どもたちに親しまれ、愛された人生だった。 |
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